自信を手に入れて弱い自分を変える

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74日目:全ての努力をやめる

 

前回73日目:やりたいことをやろうで人生とはやりたいことをやることがすべてだとお伝えしました。

 

 

しかし

 

 

いきなりやりたいことをすべてやろうと思ったとしてもこれが難しい。

 

 

まず勇気が出ない

 

やりたいことをやるというのには相当の勇気が必要です。
ちなみに勇気というのも訓練で身に付くものですがそれは別のページで説明しましょう。

 

 

勇気が出ないうちはみんなやりたいことをやろうと思っても「やれない理由」ばかりが頭の中を駆け巡ります

 

 

でも安心してください。

 

 

 

 

みんなそんなもんです(´∀`*)

 

 

 

 

 

やりたいことを全てやろうというのは「最終的に」でかまいません。
最初からなんでもかんでもやりたいことしかやらないと言い切れる人は最初からこのサイトは見ていないでしょう(笑)

 

 

 

 

最終的にやりたいことをやれるようになるために少しずつ心と思考を整理していきます。

 

 

 

 

実際、勇気が出ないだけでなく自分が何をしたいのかわからない人も結構います

 

当然そういう人もやりたいことをやれず「やらなくちゃいけない事」を優先して生きてしまうので無意識の内にやりたいことはでき無くなっていきます。

 

嫌な例ですが

 

趣味もなく仕事ばかりの人生を歩んでいたサラリーマンが定年退職後何もすることが無くすぐぼけてしまう人がいます。こういう人はそれまで自分が何をしたいのかという事を一切考えて来なかったが為に自分が何をしたいのか考える力がなくなってしまったんですね。

 

ぶっちゃけ昔の私もこういうタイプでした。

 

やりたい事よりもやらなくちゃいけない事ばかりを優先していたから辛い人生でした。

 

 

 

 

さて、そんな理由でやりたいことをやろうと言ったところでいきなりやりたいことをやれる人は少数です。

 

 

 

 

ならばどうするか???

 

 

 

 

 

 

まず一回、全ての努力を止めてみましょう

 

 

 

なんかやりたい事をやるというプラスの努力より「やらない」というマイナスの努力の方が圧倒的に簡単です。

 

 

この「全ての努力を止める」という考え方は今後もかなり重要なポイントになります。

 

この努力を止めるという行為にはいくつかの理由があります。

 

 

 

第1の理由

 

まず第1の理由としては先ほどから言っているように

 

「やる努力よりやらない努力の方が簡単」

 

という理由があります。

 

 

やりたい事をやるという言うことは、逆に言えばやりたくない事をやらないようにするという事でもあります。

 

 

全てのやりたく無い事を排除しないとやりたい事をやるための余裕が生まれません。

 

 

我々人間がもっている時間やお金や心の余裕には限りがあります。

 

やらなくても良いもの、やりたくない事に使っていたら本当にやりたい事に使う時間もお金も心の余裕も無くなってしまいます。

 

 

最優先するべきは自分がやりたい事のはずだからです。

 

 

 

 

因みによく混同されがちなのでここで伝えておきますが

 

本当にやりたい事をやっている人が他人から見るとすごい努力をしているように見えることがあります。
例えば数学が大好きな人が数学の勉強をひたすらしていたとします。その光景を数学嫌いな人が見たらその人はなんて努力家なんだろうと思います。しかし、当の本人は好きでやっているのでそれは努力ではなくただ遊んでいるのと同じことなのです。

 

好きなことをするための苦痛もまた同じです。好きな旅行にためのバイトなんかがその例になります。そのバイトを頑張れば旅行に行ける訳ですから、そのバイトはその人がしたくてやっていることです。

 

このニュアンスの違いをしっかり理解することが重要です。
私は好きなことのための努力を努力とは呼んでいません

 

本当にやりたい事というのは「やらなきゃ」っと思う前にやりたくてうずうずしてしまうものです。ワクワクして止められないものです。確かに国語的にはどちらも努力なのかも知れませんが、やりたくてやっていることは努力とは言わない。

 

 

 

努力というのはやりたくない事を我慢してやっている状況を総称する言葉です。

 

 

 

 

第2の理由

 

 

さて第2の理由です。

 

 

「努力止めるには固定観念に自分は強いという事を刷り込む効果がある」

 

からです。

 

 

努力の本質とはなんでしょうか???

 

 

人はなぜ努力するのだろう?

 

 

先ほども言った通りやりたい事をなすための努力は努力ではありません。
やりたくない事をなぜ我々はやってしまうのだろうか?という話です。

 

 

将来のためのお金をためなくてはいけないから
礼儀を守らないと人から嫌われてしまうから
仕事しないと食べていけないから
将来のために今勉強しておかないといけないから

 

 

全ての努力は将来の不安を解消するために行っているのです。

 

 

将来、お金に困らないように、嫌われないように、ダメな奴にならないようにっと事前に保険を打っておく作業

 

 

 

それが努力です。

 

 

 

そしてその行為は逆に考えてみると

 

 

あなたは今のままでは将来お金に困るような奴だし、嫌われる奴だし、ダメ野郎になってしまうという事を自分で認めているから行う行為なのです。

 

つまり

 

 

努力すればするほど、あなたはあなたの価値を否定している事に他ならないのです。

 

 

根拠のない自信とは真逆の考えがこの保険を取るという行為なのです。
その最たる例が「努力」だ

 

 

 

どんなことがあっても大丈夫だと思える事こそが根拠のない自信のあり方です。

 

 

 

保険かけて小さくまとまって自分のやりたいこともできない人生はその真逆の考え方と言ってよいでしょう。

 

 

 

 

そもそも私としては不安も辛いことも厳し状況も、全てあって良いのです。

 

そのことは後日改めて説明しますが、不安を解消したいと願っている間は不安は押し寄せてくるし、不安があるからこそ相対的に人は自分の幸せを確認できるものです。

 

 

 

だから努力はいらない

 

 

 

第3の理由

 

 

「努力は終わりがない」

 

小休止でもお伝えした恥ずかしい私の体験の通り努力には終わりがありません。基本的に他人と自分を比較し続けていると自分のダメな部分というのはずっと出てきます。

 

その部分を一時的に努力によって改善することは可能ですが、もっとすごい人、自分のダメな部分というのは絶対に無くなりません。

 

 

努力ベースで人生を構成していくと、ただただ辛いだけの人生が待っています。

 

 

 

 

僕はもうあの辛い体験はしたくないな〜┐(´∀`)┌ヤレヤレ

 

 

 

 

 

 

第4の理由

 

第4の理由ですが

 

「他人に厳しくなってしまう」

 

ここもとても大切なことなので、また改めて別日に説明をしたいと思いますが、努力しているという自覚がある人はその努力を他人にも強制したくなるのです。

 

人の価値観というのは本来、多様性があるからこそ世の中が楽しいのですが、努力を重ねている人は自分が圧倒的に「正しい」と思ってしまうので他人の価値観を受け入れる余裕がなくなってしまいます。

 

 

 

ある意味一見すると自信のある人のように見えます。

 

 

 

しかし、逆にこのような他人の価値観を受け入れる余裕のない人は自分以外のものを信じられない弱い人間なのです。

 

 

 

本来の強さとは自分以外の人の価値観、考え方を受け入れ、自分の価値観も尊重できるしなやかさがあるものです。

 

 

努力とはそういったしなやかさを失ってしまう根本原因なのです。

 

 

 

 

さて

 

 

以上のような理由から現在の私は「努力」を完全に否定しています。

 

とはいえ、何事も完璧にはできないもので・・・・

 

 

 

今だに私もたまに気が付くと努力してしまっていることがあります(;^ω^)

 

逆に100%を目指すという努力もいらないのだと思います。
それができないのが人間だし。
できたらきっと面白くないし。

 

しかし、この基本的に努力しないという事を守るとまず心の余裕、時間の余裕、お金の余裕が生まれてきます。
その生まれた余裕を使って今度はやりたい事を実践していくのです。

 

そうすると毎日が楽しくて刺激的で自信がないとか言ってるのがばからしくなるくらいの日々が過ごせるようになるはずです。

 

 

 

 

 

因みに努力というものに関して考えたいなら中野先生のこの本が面白いです。
ご参考に

 

 

 

さて次は
75日目:正義を振りかざさない
です。

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