自信を手に入れて弱い自分を変える

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98日目:素直な自分に気づくセンサー

 

 

 

前回、私達は自分で作っている大きな流れの中にいて、その流れに逆らわずに乗る事が人生を楽しく生きるコツだとお伝えしました。

 

 

私達は自力で何かができると言うこと自体が勘違いで、実際には自分で判断したと思っている事すら、周囲に判断させられていた。

 

 

私達が起こした行動は全て自分で選んだ訳では無くて全て必然的に決まっていました。

 

 

私が今の会社に就職した事も、妻と結婚した事も、なんか子供を育てている事も。

 

 

私が生まれた時から決まっていた事のようですね

 

 

運命ってやつですね

 

 

 

 

自分の限界に気が付くと周りが素敵な物だらけになる

 

 

 

昔の私はこの「操られてる感」がどうしても嫌で納得ができなかった。

 

 

自分の努力が全部否定されたようで嫌だったのです。

 

 

立派な人間になろうと思って、色んな事を勉強して、勇気を出して頑張ってきたと言う自負があったから

 

 

頑張っている人を馬鹿にしてるんじゃないかとも思っていました。
自分の人生を自分できっちりとコントロールしてみせようと意気込んでいたのです。
そしたら立派な人間になれるだろうと信じて。

 

 

 

でも、そもそも

 

 

 

私達は立派な人間になる必要は無いし、やりたくもない事をやる必要も無い。
人から認められたいと言う欲求そのものが自信を無くしてビビってる証拠でした。

 

 

自分の価値を信じている人はあえて認められようとしません。

 

 

 

そしてそのことを理解した上で、もう一度世界の流れをよく見てみると、
世界の流れは別に努力を否定している訳ではありませんでした。

 

 

別に努力したからと言って目指した理想通りの自分になれる保証がないだけなのです。

 

その努力したという経験は何か違うことに活かされる時がくるのです。
よく、学校の勉強に意味を見いだせない子供がいますね。

 

 

その時なんて子供に言いますか?
「将来きっと役に立つはずだから」って言うでしょう?
その感覚と一緒なんです。

 

 

努力した経験、挫折した経験、どんな経験も全ては自分の中に積み重なっていって新しい自分を作っていきます。そして自分という物が出来上がっていくのです。

 

そういう意味では「自分とは何年生きたとしても完成しないもの」だとも言えるかも知れません。

 

 

 

 

理想通りの自分というやつはあきらめるしかないのです。

 

 

 

 

なるようにしかならん

 

 

 

 

そうやって割り切って考えることができるようになると世界は一気に楽しくなります。

 

 

 

私は再三このサイトでは言っていますがそこまで行くと後はやりたい事をひたすらやるだけで良いのです。誰かに認めて貰おうとか、理想の自分になろうとか、そういう傲慢さを捨てて流れに任せて楽しむしか人生は無いのだ。

 

 

 

 

この考え方の変革ができたら、世界が変わります。

 

 

 

これまで自分の足りない物にばかり目を向けていたはずです。
足りない物を補うために努力したり、練習したりしてそれでもダメで、自分を否定する。

 

 

でもどうだろう

 

実際に才能という物は確実に存在していて、私にはできる事と出来ないことがはっきりと有る。

 

やってみてダメだったらやっぱりダメなんだよ。
でもそれはしょうがない。

 

あきらめるしかないのだ。

 

 

私たちは鳥のように翼をもっていないから独力で空を飛ぶことはできない。
当たり前すぎてあきらめるしかないでしょ?
機械で飛ぶしかない。

 

 

 

それと一緒。

 

 

 

出来ないものは出来ない。
なれないものはなれない。

 

 

サクッとあきらめよう。

 

 

 

でも

 

 

そうすると見えてくるものがある。

 

 

今、自分の目の前にあるもの。

 

 

それは、家族だったり、友達だったり、自分の得意な趣味だったり、それを楽しめる環境だったり。

 

 

人より上に行ってやろうという
自分の「我」を捨てると見えてくる

 

 

自分はずいぶん恵まれた状況にいたのだなという事が

 

 

私たちは日本に住んでいる以上餓死する危険はほぼ0%だ。
社会保障もしっかりしているし、ずいぶん生きていくには楽な状況が続いている。

 

 

インターネットも普及して情報にもすぐアクセスできるし、家族と楽しく会話ができて、ひもじい思いもさほどしなくて済む。

 

 

あれ?
今ここって天国じゃね?

 

 

と気が付ける

 

 

 

 

感謝はするものではない

 

 

 

私たちは子供の頃から「人に感謝しなさい」と言われてきている。

 

そうやって育ってきています。

 

自己啓発本なんかでも感謝することの大切さを説いているように思います。

 

 

確かに感謝という物はとても大事です。

 

 

 

しかし

 

感謝しなさいと言われて行う「感謝」というのはどうなんだろうね?

 

 

それは意味があるのだろうか。

 

 

結果としてはしないよりは良いだろう。

 

 

でも、そもそも感謝というのはあえて「する」物ではないのです。

 

 

 

気が付いたらしている物なのです

 

 

 

 

だってそうでしょう?

 

感謝しなきゃ!と躍起になっている時点でそれは良い自分になろうと努力をしちゃってるんですよ。

 

動機が不純

 

 

 

だからあえて頑張って感謝なんてしなくても良い。

 

でも先ほどから言っているように「我」を捨ててフラットな気持ちで世界を見渡せるようになると世界には素敵なものがいっぱいです。

 

嬉しい事がいっぱいです。

 

あんなにムカつくやつだと思っていたやつも意外と良い奴だったりする。

 

 

 

 

そうすると

 

 

勝手にしちゃうんですよね
感謝って

 

 

 

いつも美味しいごはんをありがとう
私と笑顔で接してくれてありがとう
生きるための仕事をくれてありがとう
穏やかな太陽の日差しをありがとう
僕の変わりに道路工事してくれてありがとう
物を売ってくれてありがとう
一緒に仕事してくれてありがとう
野菜を作ってくれてありがとう
私にできない事をしてくれてありがとう

 

 

そうやって世界は感謝で満ちているのだ

 

 

 

 

感謝とはセンサーだ

 

 

 

感謝が大事と先達たちは言ってきました。

 

 

それは感謝することが大事なのもそうだけれど、でもそうではない。

 

 

 

本当に大事なのは心の底から感謝できる状況に至った時が「我」を捨てて本来の自分に戻れた時だからだ。

 

 

ここからやっと本当に自分が望んでいる物がわかる精神状態になったという事だから感謝が大事なんだ。

 

 

他人の価値観に流されて自分を偽って苦しんでいる間は心の底から感謝できる状態には無いのだ。
いろんなこだわりを捨ててフラットに世界を見た瞬間の心の穏やかさは本当に凄いのだ。

 

 

私たちは好きなことをして生きていく以外に選択肢がない
でも、その好きな事というのはいろんなバイアスがかかっていて歪んでしまってよく見えない
それらを少しずつ解きほぐしていく過程でセンサーになるものがある。

 

 

それが「感謝」

 

 

感謝はするものでは無い

 

 

センサーなのだ

 

 

感謝できる自分になった時、自分の本当の気持ちに素直になれる時だという事です。

 

 

全然感謝出来ないっていうならまだまだ余計な想いを抱え込んでる証拠。
色んな事に感謝できるならこだわりから抜けてきた証拠。
どんな小さなことでも感謝できるなら本来の自分に戻った証拠

 

でも気を付けてください。

 

「そういう人」になろうとしないで

 

ただ、感じることが大事。

 

 

しょせんセンサーだから
感謝出来ないならまだきっとそういう時期ではないのだろう。

 

 

焦らず感じてみよう。

 

 

次は
99日目:人生を味わう
です。

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